修道院の糖飯
その日記憶される聖人や致命者の姿を渾身を込めてパン焼き工房の修道士は描く。色粉のすべては自然のもので、白は砂糖、ほかは野菜や果物を乾燥させて粉にする。生神女の衣はビーツの色合い。参祷者に配られるときは混ぜてしまうので勿体無い。束の間の聖人の姿は消えるが、その甘味は、分け与えられた者夫々に天国の味わいとして残される。
聖フェオドルと糖飯(コリバ)
「聖フェオドルの致命後五十年を経た時、背教者ユリアヌス帝はキリスト教の信者を侮辱するために、コンスタンチノープルの知事に命じて、大斎の第一週に市場の全ての食料に邪神への捧げ物にする血を注がせました。
この時、聖フェオドルはコンスタンチノープルの大主教エフドクシイの夢に現れ、全ての信者に市場で何も買わないように知らせることを命じました。彼らはそのかわりに麦を炊いて蜂蜜を混ぜたコリバを食べました。
正教会は、このできごとを記念して、毎年大斎の第一週の土曜日に大致命者聖フェオドル=ティロンを記憶します。土曜日の記憶の前日、金曜日の先備聖体礼儀の終わりに、ダマスクの克肖者イオアンによって書かれた聖フェオドルへのカノンが詠われ、その後でコリバを潔めます。」
(『諸聖略伝三月』東方正教会、1頁参照)
町の教会
パニヒダに糖飯を用意する習慣について
「パニヒダの時には死者の記憶の為に糖飯を用意致します。糖飯は調理した小麦と蜂蜜を混ぜて造ります。
我が国では小麦の代わりに嬬米(もちごめ)が用いられます。調理した小麦は死者の復活(『イオアンに因る聖福音』12:24)を意味します。それは小麦の粒は最初に地に蒔かれ、それから芽を出して実を結びます。
死者も同様に始め地に埋められ、後に永遠の生命を得、天国への凱旋、即ち復活する事を象徴しています。
又、中世期の教会では、パニヒダの時に献じた糖飯はパニヒダの終了後に貧しい人々に分け与えられ、この日の貧者への施しが死者の記憶(供養)になる行為と見なされ、愛の施しがなされていたことを私達に教えています。」
(主教トリファン『誰でも知っておきたい正教会の奉事と諸習慣』平成8年、pp.53-54.参照)